2019年11月19日

そそり立つ緑の塔と合気道場

永生湯の緑の塔.jpg
 家内とバスに乗ってワークマンにでかけた。山で着れるような防寒着やレインコートがほしかったのだ。山の服なら登山用品の専門店に行ったほうがいいのかもしれないけど、なかなか高級品ばかりで手が出ないので、ワークマンならどうだろうと。ワークマンは女性にも人気のオサレな作業服を置いて人気を博しているそうな。
 バスにのって数分、すぐに到着。店の前まできたら一月に一度の定休日で閉まっていたのだった。来る前にネットで調べておけばよかった。
 しかたがない。せっかくはじめて来た町だし、近所をぶらぶら散歩した。するとすぐに巨大な緑の塔がそそりたっているのを見た。間近でみたくて接近すると、風呂屋の煙突(らしい)に、蔓性の植物がからみつき、分厚くびっしり覆い尽くしており、よくみると果実もたくさん実っている。姿は見えないがたくさんの鳥たちが巣をつくっているようす。塔からは鳥の鳴き声が絶えない。家内は言った。「ラピュタみたい」。
 家内には緑の塔の写真を撮ってもらった。なんという名前の植物だろう。あとで分かったのだが、ここは銭湯で、からみついている植物はオイユイキカズラ。30センチくらいのものが三十年でこんなになったとのこと。ただ、この銭湯はもう廃業している。天空のラピュタ城みたいに、緑の煙突だけが、かつての繁栄を偲ばせている。
 さて、次はどこに向かって散歩しようか。春日神社が目にとまった。起源不明の神社で、昔から鎮守の神社とされているという。長い急な階段を上った。
 神社は扉がしめてあって、おふだ売り場もほかの建物もすべてシャッターがしまっている。休みのワークマンに来たのと同じでつまんないのだけど、参拝してお賽銭を入れた。
 神社の敷地からの見晴らしがよかった。町のようすがよくみえる。来たときとは別の階段を見つけて、帰りはそれを降りた。
 すると合気道の道場が目に入った。うちの近所ではK1やボクシングのジムや、カラテの道場は見ることがあるけど、合気道の道場を見たのはこれがはじめてだ。(柔道や剣道の道場も見たことがないが……。日本の伝統のはずだが、実際のところなぜか少ない)。
 道場からは祝詞が聞こえてきた。家内が「祝詞の声がする」といった。合気道は大本教と縁が深いから、祝詞もそれのものだったのかもしれない。
 声がやみ道場のブラインドが上がって、道場主が顔を出し、道場にあげてくれた。神棚が祀ってあったり、植芝盛平爺の顔写真や、この道場の流派の開祖の写真、木刀や杖などの武具も飾られている。
 合気道の手ほどきをして頂いたり、お茶とお菓子まで頂いてしまった。もう70歳をすぎているおじいさんだが、合気系武術は歳を取るほど強かったりする。
 私が昔、通っていた道場も70過ぎのおじいさんが先生だったが、工業用マジックハンドでも掴んだときのような、正確な軌道を描く圧倒的な力にあらがう術はなかった。なかなか稽古が過酷な道場だったけど、今回招かれた道場は植芝盛平の言葉通り「合気とは愛なり」を全面におしだしていて、とても当たりがソフトでだれでも安心して通えそうな道場だった。ちょっと宗教ぽかったりもするけど(笑)、ひさしぶりに武術もやってみたくなったのだった。昔、体で覚えた記憶が蘇ってきた。
 ワークマンが閉店してなかったら、緑の塔を見つけることもなかっただろう。春日神社も目に止まらなかったろうし、参拝しなければ合気道場を見つけることもなかっただろう。ここの合気道場の建設には、春日神社も大きくかかわっているそうで、なんか「お招き」されたような気がした。
 鳥たちが住まう緑の塔は豊穣の男根シンボル。植芝盛平も日本の父性原理の象徴の一つとは言えると思う。
 余談だが、昔、砂泊兼基の「武の神人」を人から借りて読んだとき(植芝盛平伝のような内容の本)、写真が載っていてそれを見ると、戦前の父性原理が折られる前の、古きよき日本の伝統の香りがしたのを覚えている。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記

2019年11月14日

自然様は敵でも味方でもでもねぇ




「自然様は敵でも味方でもでもねぇ。実に公平だ」
(アニメDr.STONE 19話より)。
タロットの8番(裁判官)は公平な立ち位置にいる存在。原告/被告どちらの味方でもなければ敵でもない。
17番はゲマトリア演算だと1+7=8で8番のカードと同じ仲間。水、生い茂る木々、渡り鳥、自然界の回復力と天の時間と地の時間を象徴する美しい娘。17番(星)は「自然」を象徴する。
 自然は命を育んでもくれるが、恐ろしい天災で皆殺しにしていくこともある。しかし、津波で家族を失ったとしても、だれも津波を憎んだりはしない。これが戦争や犯罪で失ったのなら憎しみがわくが、野生のクマに襲われたからといって、クマを憎む人はいないだろう。少なくとも人を憎むようにクマを憎んだりはしないはずだ。自然は敵でも味方でもなく、憎しみの対象にならない。
 自然界には法則がある。Dr.STONEで主人公の千空は火山地帯での硫化水素の性質、たとえば「そのガスを吸うと死ぬ」とか、「そのガスは空気より重い」といった法則を知っていたので、その知識によって襲ってきた悪漢どもを退散させた。
 自然は敵でも味方でもないが、法則を知っていれば有利に立ち回ることができる。また、裁判(8番)も法律に従って善悪が判定される仕組みなので、その法律を熟知しているほうが有利になる。(熟知しているほうが勝つというわけではないが)。
 8番と17番の二枚のカードに共通する主要なテーマは「公平性」だ。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記

2019年11月12日

登山靴を買った

 奥日光の切込湖までひとりでハイキングしたとき、靴が登山用でなかったので足が痛かった。だけども自然の中をぶらぶらと独り歩きするのは、けっこういいものだった。昔、鎌倉から富士五湖まで歩いたことを思い出した。これなら、近所の大山や丹沢などのキャンプ場でゆるキャンするのもいいのではないかと思った。しかし、そのためには靴をなんとかしないとだめだ。そんなわけで登山靴を買いにでかけた。
 登山靴は主要なブランドとモデルをネットであれこれと調べていったけど、店員が見繕ってくれた品を何足かためし履きすると、自分が下調べしていた品はぜんぶ候補から外れた。ネットの情報はあてにならないとよく言われるが、靴選びはほんとにそうで、レビューはまったくあてにならないようだ。足の形はみんな違うからそうなるわな。しかし、ネットの知識だけど「登山靴はブランドで買うな、足に合う靴を買え」という教訓は役に立った。ただし、いくら足にぴったりだったとしても、あまり極端な安物を買うのはどうかと思う。山の中で壊れたり破けたら大変困るからね。
 登山靴というのは頑丈に作られていて靴底も上部も硬い。いきなりこれで山にいっても足が痛くなりそうだったので、毎日ならし履きするようにしていた。だんだん足になじんでくると、靴もかわいく思えてくる。
 と、そんなある日、実に唐突でなんでこんな事になるのか読者にはわけがわからないと思うが、うちの愚妻が煮豚を作ったあとのタレと殻をむいたゆで卵をビニール袋につめたいたのだが、手元がすべって床にぶちまけたのだった。汁は当たり一面に飛び散り、玄関においてあった登山靴にも降り注いだのだ。山に行く前の新品の登山靴に煮豚の汁をかけるか、嫁よ。私がその場にいてすぐに対処できたのと、登山靴が防水仕様だったのが不幸中の幸いで、全速力で拭き取ったらほぼ無問題で済んだ。私が不在だったらきっとそのままシミを残すことになったはず。
 靴の清掃中に、靴の構造とか、手入れの仕方とかを学んだのだけど、私はこれまでほとんど靴にこだわったことがなくて、靴を履きつぶしたらまた新しい靴を買っていただけだった。手入れらしい手入れもしたことがなかった。だけど、これを機に普段履いているスニーカーやウォーキングシューズがどうなっているのか、気になって調べてみた。靴の中には普通、中敷き(インソール)が入っていて、取り外しや交換ができる。インソールを引き抜いてみると、すりへってへたれているし、小さな砂つぶやゴミが一杯入っていて、さらには猫毛が無数に詰まっているのだった。我が家には猫がいるので、靴が猫毛だらけになるのは宿命だな。
 靴の中ってばっちいもんなんだなと思いつつ、また、そのような履き方をしてはいかんのだなと反省しつつ、中につまったゴミや猫毛を、ガムテープや掃除機できれいに掃除し、インソールも新品に交換することにした。毎日履いてる靴の場合、インソールは長くても半年くらいしたら交換するのが妥当ではないかと思った次第。
 靴の手入れ方法を調べていくと、スニーカーのすり減ったカカトを修繕したり、摩耗を低減させるアイテムも売られていたりで、靴も気配りして履いてやれば、ずいぶん寿命をのばすことができるようだ。登山靴を通して、はじめて靴に注意力をむけることができたというお話でした。
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2019年11月09日

猫はゲロを吐く

 寒くなってくると、うちの猫が、私が使っているPCの筐体の上で香箱座りして居眠りするのね。筐体はほのかに温かいから。その姿は実にかわいい。
 ところで猫という生き物はよくゲロを吐く。長年観察していると、ブラッシングを二三日、しわすれると吐くことが多い。猫は毎日かなり長い時間を毛づくろいについやす。そのとき舌ですきとった自分の毛を飲み込む。それが胃の中にたまりすぎると、ゲロゲロゲーとやって吐き出す。ブラッシングで抜け毛を始末してやらないと、飲み込む毛の量が多くなりすぎてしまうのだろう。毛だけならいいけど、食ったものもまとめて吐く。また、季節の変わり目、日中の気温の変化が大きいとき、寒くなると消化機能が落ちるのか、よくゲロをはく。
 猫はトイレはしつけられるけど、ゲロをどこに吐くかまではしつけられない。どこでもかしこでも、吐きたい場所で吐く。今日はPCの上で寝てたかと思うと、コッコッコッとはじめて、PCの後ろ側に吐きやがった。PCの後ろ側には電源ケーブルや、モニターやマウスやペンタブやプリンタに行くケーブルなど十本くらい出ていて、その上にゲロゲロゲー。ケーブルも床もゲロだらけ。ケーブルをぜんぶひっこぬいて一本ずつ丁寧に拭き取るはめになった。床に吐いただけなら掃除も簡単にすむのだけど、混雑した場所にはかれるとほんとにげっそりする。
 こういうときは、さすがに蹴っ飛ばしてやりたくなるんだけど、ゲロの始末は猫飼いの宿命だからしかたない。まあ、次からはPCの後ろにゲロを吐かれないよう、遮蔽物を設置することにしよう。
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2019年11月08日

奥日光に旅行

切込湖.jpg
二泊三日で奥日光に一人旅。
天候が悪くて、あまり外出できず、ずっと温泉につかっていた。
気学では大変よい方位への旅行のはずなんだけど、あまり吉方位という感じじゃなかったな。
さりとて、そんなに悪いことも起きなかったが。
写真は切込湖。雨の中、ハイキングコースを歩いていった。
たいして計画も立てず、水も持たずに歩いていったのだけど、予想以上に険しいコースで、靴がスニーカーだったのは失敗だった。足が痛くてしょうがない。最初は小雨だったのが、だんだん激しくなっていく。
晴れていればほかにも人がいただろうが、片道一時間半のあいだ、だれにも会わなかった。
滑落するとやばそうな斜面に走る道を歩いていった。滑落したら誰か見つけてくれるんだろうか。
途中で2回くらいは引き返そうと思ったが、なんとか切込湖までたどりついた。
だけども、売店があったりベンチがあったりするわけもなく、ただ大自然の中に湖があるだけ。
だれもいないし、雨が降っていて、あたりは水の気配に包まれている。
ここで、登山用のバーナーを出して湯をわかし、コーヒーでも飲めたら最高だななどと思ったが、いきあたりばったりで来たので、そんな装備はもちあわせていない。
水の気配がしんしんと体の中に侵食してくる。
あまり長くいると食われそうだった(湖に招かれそうだった)ので、写真を撮ったところですぐに帰路についた。
 旅行のいいところは、毎日つづいてパターン化している生活をシャットアウトしてくれることだな。また、山奥にくるとメンタルノイズが減るのか、嫌なことを思い出したり考えたりすることが激減する。人というのはテレパシックな〈電波〉を受信しながら暮らしているので、年に2回くらいは毒電波から離れる習慣をもちたいものだ。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記