2020年05月24日

アルメニアのざくろのワイン

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 グルジェフにかこつけてアルメニア産のざくろのワインをゲット。ブランド名が「生命の樹」というのが気にいった。ざくろは生命の樹の象徴だったり、女性原理の象徴でもある。ざくろには女性ホルモンに近い物質が含まれていて、女性の更年期障害にも有効云々という効能は、調べてみるとあまりあてにはならない様子。
 コルク抜きを栓にねじ込んで片手で引っ張ったけど抜けない。こういうとき左右にこぜるとコルクが割れてボロボロになって抜くに抜けなくなるので、二人がかりで事に当たる。ひとりが瓶を押さえつけて、もうひとりは腰の力をつかって真っ直ぐに引き抜く。自転車の空気入れのハンドルを引っ張るような感じで。ポンと音がしてうまく栓が抜けた。
 よい香りがする。甘さ控えめ、ちょっと酸味が強いけど、渋みは少ない。辛口かな。言われなければざくろだとはわからない味わい。しかし、ぶどうという感じもしない。瓶には「ざくろ100%」と書かれている。
 つまみはぶどう、チーズ、チョコとかためしたところ、ぶどうが一番合う感じ。ミックスフルーツの缶詰とそのシロップも一緒に混ぜ合わせてフルーツパンチにして飲んだりした。
 自家製三年ものの梅酒とカクテルにすると、すばらしい味。私は酒の味はあまりよくわからないので、こういう飲み方になってしまう。美味しく飲めればそれでいいんだよ。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記

2020年05月23日

ピエール・マドニエ・タロット

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 コロナの影響で通販できなくなっていたピエール・マドニエ版。国内では値段が釣り上がっていたけど、規制が解除されて本家から正規料金で買えるようになった。注文後、フランスから16日かけて到着。タロットを買うなんてひさしぶりだ。
 現存するの最古のマルセイユ系タロットとされていて1709年から販売されていたらしい。絵は最古とは思えないほど鮮明で美しい。これより後に作られたマルセイユ系でひどい出来栄えのデッキはたくさんある。マドニエ版をじーっと見ていると、偽書だったりしてとか、オーパーツだったりしてとか、これより前にも同系のデッキがありそうとか、そんな妄想が心に昇ってきた。
 私はカードの歴史や起源の探求にはあまり強い関心はない。だいたいもう、手がかりがほとんど残ってないのではなかろうか。古いデッキはランゴリアーズがぜんぶ食ってしまった後だろう。
 また、タロットの起源をさかのぼっていっても、玉ねぎの皮むきみたいに最後は芯も残らような気がする。
 だけど、タロットの歴史をまったく無視するのもどうかと思うし、現存するマルセイユ系(タイプ2)では今のところ一番ふるいやつと言われると見ないわけにはいかない。
 大アルカナの図像はネットでも見れるので、小アルカナの図版がどうなっているのかが気になってるのね。コンバー版との違いとか。
 この製品の特筆すべき点は、分厚い紙で作られた頑丈な箱。こんな立派な箱に入っているタロットはめずらしい。ちょうどこれと同じような箱を、マルセイユ版を入れるために自作したことがあるけど、予想外に手間がかかったことを覚えている。きっと価格の半分くらいは箱代かもしれない。ケースのほうがお金がかかっている商品というのはたくさんあるのよ。でもこれは、立派な箱に入っているからこそいい。大切な資料でありコレクションとして買ったので。占いには使わない。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記

2020年05月21日

注目すべき人々との出会い


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 グルジェフの「注目すべき人々との出会い」を読み返している。グルジェフはけっこう酒好きらしく、カルバドス(リンゴのブランデー)とかコニャック(ブランデー)とかマスティカ(樹木から取った芳香樹脂のリキュール)などの名前がちらりほらりと出てくる。
 この本にはグルジェフの生い立ちが書かれていて、アルメニアで育ったということになっている。アルメニアの酒については書かれていないのだが、代表的なものとしてアルメニアン・ブランデー「アララット」というのがある。アルメニアの地酒。
 アララットというのはアララト山から来ていて、ノアの方舟が漂着した山のことだ。標高5137メートルのこの山は、元はアルメニア領にあったが戦争で取られて今はトルコ領になっている。両国は今も断交中。日本でたとえるなら富士山をどっかの国に取られてしまったような状況かな。
 グルジェフが育ったアルメニアは、聖書の物語の舞台ともいえて、世界で初めてキリスト教を国教化したことで有名。
 今はネットがあるので、本に出てくる地名で検索すれば、すぐに地図が出てきて現地の写真も見ることができる。グルジェフが家族と暮らしていたというアレキサンドロポル(現在は「ギュムリ」)の町も、ストリートビューで歩き回ることができる。グルジェフが旅をしたという、アジア大陸の奥地、サルムング教団があるらしいトルキスタンの写真も見られる。一生行くこともなさそうな場所だけど、写真が見られるだけでもありがたいことだ。昔、この本をはじめて読んだころは、ほとんど情報が無かった。
 グルジェフによれば「知識が大量に放出される時代がある」という。それはひっくり返せば、知識が簡単には手にはいらなくなる時もあるということだ。きっと今は、大放出の時代なんだろうな。しかし、それはいつまでも続かないかもしれない。
 グルジェフを偲んで「アララット」をポチッた。ブランデーなんてほとんど飲んだことがなく比較対象も知らないので、味の善し悪しはよくわからないのだけど、いい香りだし普通に飲めるからおいしい酒だろう。つまみには、チョコレートがよく合う。自家製の三年ものの梅酒とブレンドして炭酸で割ったらすばらしい味。
 この酒の特筆すべきところは、アッパー系の酔い方にある。グルジェフ流に言うなら(ジョンCリリー流というべきか)意識を〈水素24〉に持ち上げてくれること。アルコール飲料と一口にいっても、意識にもたらす効能はそれぞれ違うんだな。アララットは上質な〈水素〉を含んでいる。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記

2020年05月09日

ベルゼバブへの孫への話


 ロックダウンの最中に、分厚すぎたり難解すぎたりして敬遠していた本を読み切ってしまおうと決めて読書中。
 手始めにグルジェフの「ベルゼバブへの孫への話」。「えっ、あんた未だに読んでなかったのか?」などという声がどこかから飛んできそうだけど、ちょっとワケあってヘソ曲げて読まずに30年くらい本棚で放置していた。
 この本は空想科学小説で「おはなし」で、だからタイトルに偽りもない。だから「おはなし」として理解すべきもので、哲学書だとか技術書だとか心理学書だとか思い始めると後々めんどくさいことになる。私的にはグルジェフ神学書とか、グルジェフ聖書ともいえるけど、やっぱり「おはなし」だというのがいちばんぴったりだろう。
 この本は読む前からグルジェフとウスペンスキーにまつわるたくさんの能書き情報があったり、ハードカバーの大きな分厚い二段組の本で持ち運びが不便で外出先で読んだりしにくかったり、一回読むだけでも大変なのに本の冒頭で「3回読め」と書いてあったり、わざと身構えてしまうようにできているのだけど、ただの「おはなし」だと思って読めばなんてことはないただの「おはなし」である。面白かったかというと、ほとんど面白いと思ったところもなかった。「わざと面白くないように書いた」とも言われている本なので、面白いことを期待しても無駄だろう。
 私の感想だけど、この本はグルジェフからの「おまえら、本を読める人になれよ」という読者へのメッセージだと思う。「読書の練習をするための本」ということだ。面白い小説や漫画、強い興味をもっている本なら何冊でも簡単に読めるけど、そういうのばかりだと読書力がつかない。うんざりするような本でも強いて勉めて修行のように読めますか。あなたは「パートクドルグ義務」を果たす能力がありますか、ということ。パートクドルグ義務とはこの本の中で、「意識して苦痛苦悩を伴う努力をすること」で、それは「人間の体内に高次存在体を形成するのに必要な宇宙物質を同化吸収する唯一可能な手段」だとされる。
 高次存在体云々は「おはなし」だから真に受けないほうがいいとして、「読むのが嫌な本でも読もうと思えば読めるようにならないと、おまえらいつまでたっても馬鹿のまんまですよ」っていってるんだろうな。「進化のためのワークをする」などと言う前に本くらい読めるようになれよ、バーカ!ってこと。
 しかし、最初からそう言われていることが見えてしまうと、ちょっとね。
 また、中身について少し思ったことを書いておこう。
 理系人間の物事の捉え方でグルジェフの思想を理解するとウスペンスキーの「奇跡を求めて」ができるのだろうけど、グルジェフの思想は文系人間の物事の捉え方で接近しないと大きな勘違いに結びつくかもしれんね。グルジェフが「ベルゼバブ」のほうを先に出版し「奇跡」は最低半年は遅らせて出版しろといったのはそういうことだろう。もともとウスペンスキーのような理系的な見方で接近すべきものじゃないのだろう。ある程度はそれが可能な教えだとしても。
 その昔、X氏の暗闇集会の席で、「水素論ってさぁ、おおざっぱな目安にすぎないんでないの。生命の樹と似たようなもので、あんがいいいかげんなんじゃね?」と私が口走ったら、「またそんなこといっとるとですかー!!」と怒りだした人がいた。目安というのをもっと正確にいうと象徴体系だということ。その当時は水素論が象徴体系だという認識に至ってなかったと記憶しているのだが、ばくぜんとそういうものであることが分かりつつあるころだった。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記