2015年01月29日

たばこをやめてくさやの干物をたべた話

 たばこをやめてもうすぐ一ヶ月。なんでたばこをやめたかというと、ニコチン依存をやめてギャンブル依存(競馬)に切り替えてみることにしたのね。(笑)
 しかしたばこをやめると退屈になる。私の場合、それをまぎらわせるために食べ物から印象を取ろうとしてしまう。間食をするようになったり、食事の量が無駄に増えたりする。体の栄養としてそれを求めているわけではなく心の栄養としての印象を求めているのだ。必要以上に食べれば、無駄に太るし内臓も疲れる。食べ過ぎは色々と健康を害する。喫煙していたときの食生活のほうが健全だった。

 印象に飢えていると変わったものを食べてみたくなる。そこで前々から気になりつつも食べずにすませてきた「くさやの干物」なるものに目が行った。近所の大きな乾物屋で見つけた。真空パックされ冷凍保存で売られている。
 くさやはアジやトビウオの干物なんだけど、開きにした魚をくさや汁という調味液に漬けこんで製造され、名前のごとくとてもくさいと言われる。うんこの臭い。牛舎の臭い。ドブの臭い。不敗の進んだ生ゴミの臭い。夏の海辺で魚が腐った臭い。などと様々に形容される。「焼くと近所から苦情が来る」、「家の中に悪臭が染みつくので家の外で焼いたほうがいい」ともいわれる。なんかちょっとやばそうなイメージ。

 真空パックされた袋から取り出して、においをかいでみたけど、独特な香りだけどまあなんてことはないと私は思った。グリルにほりこんで焼く。
 するとさっそくうちの連れが「くさい!」といいはじめた。「換気扇まわしてなかったわ」といってスイッチを入れる。
 焼きすぎるとおいしくないということなので三分ほど焼いただけ。「なかなかいい香りじゃん」と私。近所から苦情が来るというほどのものではない。
 そのまま食べてみると、普通のアジの干物よりうまみがずっと強い。塩気はふつうのアジの干物より少ないくらいではなかろうか。醤油を少しかけると、うまみがさらに増幅されてとてもおいしい。醤油とはベストマッチ。ぜひかけたほうがいい。
 うんこだの牛舎だのドブなどと表現した人々の嗅覚はちょっと変なのでは、とおもったりしていると、うちの連れは「動物園の霊長類の檻の近くのにおいだ」などと言い始めた。干し草とうんこと獣臭がまざったようなにおいだと。くさやの香りは人によって受け取り方が違うみたいだ。
 お行儀わるく、クンカクンカと神経を研ぎ澄まして香りを吟味してみると、言われてみれば汚物的な悪臭というのもわからないではない香りが含まれているのは分かってきた。だけどそれはかすかにしか感じないので、解釈の違いでしかないような気もする。
 もしかしたら香りにも音のように周波数のようなものがあるのかもしれない(波動とでもいうべきか)。耳が悪いと高音が聞こえない。たとえば蝦の羽音が聞こえない人もいる。聞こえてもかすかに小さくしか聞こえない。けれど耳のよい人には当たり前のようにはっきりと聞こえる。嗅覚にもこれと似たようなことがあるのだろう。
 香りに対する感度によって、悪臭に感じたり、よい香りに感じたりする。麝香(じゃこう)やジャスミンは、原液(?)のままだとうんこのような悪臭だけど、何千倍にも希釈すると芳香を放つようになるという。しかしこのとき人間の鼻の感度にも左右されるはずで、感度がよい人には悪臭に感じられ、感度が鈍い人にはよい香りに感じられる、そういうボーダーラインがあるに違いない。くさやの香りもそういう微妙なボーダーラインに位置しているのだろう。
投稿者: 大澤義孝  | 食べもの