2015年05月12日

また人間やるのってうざくね?

 ある人がこんなことをいった。
 「今度はもっともっと好条件な環境に転生させてもらえるとしても、やっぱりもう嫌だなぁ」
 この世というのはかなり底意地悪くできていて、お金持ちの家とか、立派な両親の家とか、世間でいうところの「よい環境」に生まれても、そう簡単には幸せになれないムリゲー。幸せも不幸もある一時の状態にすぎず、アップダウンは避けられず、それを楽しめるか、もういやだと思うかだが、最後にはだいたい「もう嫌」というほうに傾き、東洋では出家して解脱をめざそうとなるのが、おきまりのコースなのかもしれない。ところで転生ってあるのだろうか。

 たとえばヒンズー教やチベット密教などは、再びこの世に転生するという。動物に転生したり、徳の高い僧侶に転生したりするけど、こういう世界観ってうんざりするよねぇ。「また人間させられるの?」などと思ってしまう。
 知性なんか低いほうが幸せ指数は高かったりして、動物や魚に転生するほうが人間よりましなんじゃないかと思えたりもする。昔、タロット研究会に来たある女の子は石ころに転生したいといってたっけ。この達観はすごいかも。

 解脱した元修道女、バーナーデッド・ロバーツにいわせると死後の先には輝かしい来世があるらしい。けれどヒンズー教がいってるような、この世に再び転生するわけじゃない。来世では人間をはるかに超えた別種の生命体の一部になるという。なるほど今生の繰り返しではない、別種の生というのなら、またやってみてもいいような気がする。しかしそれは解脱した彼女の来世は多分そうなのだろうというだけで、そうじゃない普通の人々はこの世に再び転生するのかもしれない。解脱者でも異なる二つの人生を生き、双方を比較できるわけではないから、解脱者の来世とそうじゃないものの来世の違いがわかるなんてことはない。

 この世で自分の本当の願い実現する生き方をしないと、つまり自分を偽ることなく、悔いの無い人生を生きなければ、死にきることはできないというようなことが書かれていた本がある。これは言いたいことはわかるけど、ただの信念だと思う。
 地球上には生まれてこないほうがよかったと思えるようなひどい国がある。飢餓と暴力と病気が当たり前の世界で、生き抜くだけで精一杯で、夢だの自己実現だのいってる余裕なんかまったくない人生もある。そういう境遇に生まれた人は、悔いの無い人生など望めず、後悔と恨みの中で死んでいくのだろうか。
 自分がアナハタショックで死ぬと思ったときのことを思い返すと、ちがうような気がする。本当にもうだめってなると、ああしときゃよかった、あれをやり残したとか、そういう感情なんてわいてこないんだよ。この世と自分をつないでいた執着が強制解除されて世界との同一化がはずれてしまう。(まぁ死ななかったんだけどね)。

 ダンテス・ダイジという覚者がいた。詩のような本を何冊か残し若くして亡くなった。うろ覚えだけど彼の言葉の中でこんなのがある。
 「死ぬとき君は気づくだろう。なにもかもがよいということを」
 いろいろと思い残すことがあろうと、これじゃない感ただよう人生だったとしても、みんなそれでよかったんだと思えるってことじゃないのかな。
 アナハタショックのときのことを思い返すとこれに近い。とくに後悔は起きない。

 日本人のお葬式でおなじみの般若心経。この世のありとあらゆるものには実体がない。意識にすら実体はない。だからそういう幻に執着することをやめると、ニルバーナに入れるという説法が書かれている。(ところでみんなこれ信じてるのかな?)。

 この世のものには実体が無いのだとして、そこから考えてみると、この世って自分の死後も残るものなのかしら。自分が死んだあと、自分の残した子供たちは生き続けるのかしら。自分の残したお墓も残るのかしら。普通は「もちろんそうに決まっている」と思っている。しかしそれを証明する根拠はなにもない。
 「エジプトのピラミッドは残っているじゃないか。死んだあとも自分のなしたことは残るに決まっている」と普通はそう考える。だけど「20分前に世界は創造された」というトンデモ理論に対して、科学は反証できない。
 エジプトのピラミッドを残しファラオが死んだことは知ってるけど、その記憶も含め、今自分が知っている知識すべては20分前にまとめて注入され、仮象現実の中に送り込まれたのかもしれない。といわれると、科学では反論不能なのだという(笑)。

 故・池田晶子さんが言うように自分が知っているのは他人の死だけだ。人は自分の死についてはなにも知らない。
 もしこの世が夢だとすると、そこから目がさめると、残した子供も墓も夢だったということになり、きれいさっぱり無くなってしまったりして。大金かけて墓を建てたつもりだったのに、あれって夢の中のできごとだったんだ……てな顛末。

 幽体離脱してアストラル界でモンスターと戦ったりおねーちゃんと抱き合っても、目がさめたらなんにも残っていない。もう一度幽体離脱したら、モンスターもおねーちゃんもそこに存在していたりもする。けど肉体に戻ればうそみたいに消えてしまう。この世もその程度のものかもしれないわけ。
投稿者: 大澤義孝  | オカルト