2016年04月27日

よもぎ摘み

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 都会の中にもヨモギはあちこちに生えている。春の新芽を摘み取って、湯がいてすり潰して草餅やヨモギ白玉やヨモギあんパンを作るととてもおいしい。
 和菓子屋さんに行けば、草餅や草大福は普通に売られているけれど、自分で摘んだヨモギで作ったものとは、香りがかなり違うのね。お店の草大福は乾燥ヨモギ粉末を使っていて、ヨモギの香りはするけれど、生のヨモギがもつ一部の香り成分が消えている。
 子供のころ父親と山に入って、ワラビやタラの芽をとった。だれもが通る道では、ほとんど取り尽くされていて、よいものはゲットできない。普通のコースから外れて裏道・けもの道を探すのが常識。時期も大切で、適切な時期に採取しないといけない。今から思うと、私のニッチ狙いのくせはこういう体験から作られていたらしい。
 「人の行く裏に道あり花の山 いずれを行くも散らぬ間に行け」
 誰でも採取できる場所にあるヨモギは量が少ない。先客が摘んだ後だったりする。場所によっては犬がおしっこひっかけてそうなやつもあるから要注意だ。人通りがほとんどない場所や、人が入れない場所や、入れるのに入れないと思いこんでしまう場所に上質なものがたくさんある。そういう場所をみつけ、そこにある獲物をゲットするには、ほんの少しの知恵と努力と勇気が必用だ。
 こういうことに興味を持たない人にとってはヨモギは名も知らぬただの雑草だし、その新芽を集めている人がいることにすら気づかないだろうけど、いやいやちゃんと味を知っていて、季節になると集めている人もいるのだ。自分で探してみれば、先人の痕跡が残っていることに気づく。
 都会でワラビを採ることは無理だけど、ヨモギなら日当たりのよい場所を探せば必ずみつけられるだろう。食べられる植物を自然界の中から見つけ採取し調理して食べるという一連の行為は、自然界と自分がつながっていることを実感させてくれる。都会に住んでいても、山奥にキャンプにでかけなくても、自分が母なる自然界とつながっていることを本能が感じ取る。すると心が癒やされる。それがヨモギ摘みのよいところ。
 しかし一食分の草餅を作るヨモギを集めるのだってけっこう大変だ。ヨモギはたくさんはえているが、食用に適しているのは先端の新芽だけだから、思っているほど量はとれない。ヨモギの自生してる場所をさがして町中あちこちネコ歩きする。
 新芽を摘んでも何日かすればまた新芽が伸びてくるから、そのときはまた採取できる。だからして根こそぎ引っこ抜くような乱暴なことをしてはいけない。自然に感謝して少なめにいただくようにする。
 摘んできたヨモギは水でよく洗って熱湯で2分ほど茹で流水にさらす。かるく水気をしぼりみじん切りにする。新芽でもヨモギの繊維は丈夫で固く、すり鉢では切れないのでみじん切りにする工程は重要だ。次にすり鉢ですってペースト状にする。
 一番簡単なレシピはヨモギ白玉だろう。白玉粉とヨモギ・ペーストと水を加えて団子にまるめて茹でる。水面に浮いてきたら煮えた証拠。とりだして水で冷やす。砂糖ときなこで食べる。お好みであんこも添えるともっとおいしい。
 詳しい作り方はぐぐってちょ。
投稿者: 大澤義孝  | 食べもの