2014年08月01日

8月のお茶会

 8月4日月曜日の午後1時半ごろからお茶会します。場所は横浜近郊のドトール。参加したい方はメールしてちょ。今のところ前回の水晶透視の会でごいっしょした方が那須方面から一名。これまでに参加した方は連絡なしで来てくれてもいいです。

 ひありさんてば今度は講座の中で五芒星の追儺をやりたいといってる。w
ぜーんぜん抵抗感がなくて、女性はそういうのへっちゃらなんだなぁと思った。演じることに長けているんだよね。カラオケで歌うのとかわんない。私はちょっとつまんないや。いやそーにしてるひとを、おだててのせてやらせるのが昔からの夢だったのに。w
 幽体離脱も黒鏡も周天法も、ある一線超えるときというのがかならずあるけど、五芒星の追儺にもそれはある。あれがなんだったのか、いまだによくわかっていないけど、それでも当時にくらべればだいぶ理解は進んだ。とあるヨガの本(ジャパナイズされていないインド本場のヨガの本)にあのときとほとんど同じことが書かれていた。この本は昔もってて当時まったく読めなくて捨てたんだけど、最近、知人経由で再び本が手元に戻ってきた。その人も捨てるついでにくれたんだけど。
 本のほうから再び戻ってくるということは、これはきっと読まねばならない本に違いないと読み始めた。昔とかわらずげんなりする内容で、こんなキチガイ本つきあいきれねーよと思いつつも、分厚い本をタムタムと読み進めていくと最後にちらりと書いてあった。やっぱ死の直前に起きる出来事だったらしい。臨死体験にありがちなお花畑を見るようなのとは違う。大地たる肉体や脳に根を張っている魂が、その根を大地から引き抜き、心臓の位置にある空間にしゅるしゅると巻き戻し、アートマンと一体化しコアとなってかの世界に上昇していくんだけど、ほんとにいっちゃうと戻ってこれない。私は死にぞこなったらしい。
 まあキチガイ本といってもね、いいかげんに決められているにすぎない常識からみれば非常識というだけで、非常識な経験をしたとき、それについて示唆を与えてくれる知識もあったりする。(気違い本でなく既知外本と書くのが正しい)。そして必要としている人には、その知識は与えられる。これは法則だ。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2014年07月19日

占いより

 TQミラージュ養成講座にいってきたんだけど、これはオリジナル占星術を展開していて、普通の占星術とはかなり違うもの。その占星術の講師養成講座だったのね。正直いってよくわかんなかったんだけど、講師養成講座だからまあそれはしょうがないか。占星術ってのは幻想だから、所変われば幻想も変わるよねぇというのをあらためて実感した。あちらこちらでいろんな幻想のサークルが存在する。占いに限らず同人サークルだって似たようなもの、いや等価というべきか。
 私はいまさらそういうのはいいやって思う。というのは最初はそういう幻想を借り物として使う。なぜ借り物かというと、それはサークルの主催者の幻想だから。その幻想に一生乗って生きられるなら、それでもいいだろうけど、その主催者だってやがては死んでいなくなるわけ。そのときいろんなお話・幻想を紡いでくれていた人がいなくなったら、どうやって自分の物語を紡いでいくのかね。というのがだいたい三十代くらいで、そこから自分の物語を自分で紡ぐようになって50歳になるとだいたい結論がでているわけ。
「四十にして迷わず」というけど、四十代で方向は決まってる。じたばたしてもはじまんない。
五十代ともなるとほとんど固まっているんだな。だからもう借り物の幻想はいらない。「歳とった人間はもう変わらない、鉄は熱いうちに打て」といわれるのはそういうことだろう。しかし変われる者は変わらなくなったものに勝るなんてこともない。それは自然の過程なのだから、だれもがやがて変わらなくなるのだから。
 しかし作り出されたかたちが、どんなものであれ、なんだっていいんじゃないかなぁというのはある。こねている間にだんだん固くなり、やがてカチカチに固まってしまう粘土みたいなもので、固まってしまえば受け入れるしかないわけ。陶芸なら壊して作り直せばいいけど、自分という粘土はそういうわけにはいかないし、固まっても永久不変かというとそうではなく、それもやがて自然に崩壊していくプロセスをたどる。できた形を受け入れて愛していくしかないじゃない。悲惨な人生とか、裕福で成功した人生とか、よく引き合いにだされる典型例なんて、それこそが幻想みたいなものでさ。そういう幻想に執着するのが不幸というものでしょう。
 でもまだ粘土がやわらかいうちは、いろいろと形をつくってみればいい。でもやがては固まるよ。だれでもね。そしてすこしずつ崩れていく。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2014年07月18日

人との交流

 お茶会でトンデモ話するのは楽しい。このまえは二人が来てくれて三人お茶会。このときは意図的に五黄殺方位を使ってみたんだけど、すげー饒舌な方がやってきて二人ともふりまわされた。見事に五黄象意だった。
 お茶会をはじめたあたりから、仕事がたてつづけに舞い込んできたり、出かける機会が増えた。来るときは一時にまとめてやって来る。
 それで仕事を始めると、私の場合、プログラムを作ったり、天文暦の計算をすることが多いんだけど、それはやっぱり内にこもるような行為であって、ロジックだけが支配する無慈悲な世界に没入していく。すると人には関心が向かなくなる。胸が閉じるので、人との交流がなくなる。すると次の仕事が入らなくなる。そのような構造があるので、こういう仕事だけやってると行き詰まる。
 人とも交流して、うまくバランスをとってかないとだめなんだよ。
 明日は、TQミラージュ養成講座なるものにご招待されたので参加してきます。
 http://www.reservestock.jp/page/event_series/6821
 ここのサイトの特殊占星術チャート、「天体設計図」を表示するアプレットは私の仕事です。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2014年07月04日

次のお茶会

 ステラ・マーカス(山口正美/著)というSFというかスピリチュアルというか、古い奇妙な小説本があって、極々一部のマニアたちに熱愛されていた。そのマニアたちの多くは、これは実話だといってたっけ。
 面白い小説だったけど、当時の自分には実話とまでは思えなかったな。しかしそう信じている人々をまのあたりにすると、もしかしたらただならぬ本なのかも、とも思えてくるのだった。

 でもって最近、超解読ステラ・マーカスという本が出た。ステラ・マーカスの解読本。よく分からない点を多く残したままいきなり終わる話だったので、こういう本が出たんだろう。しかしステマの出版部数はごくわずか。知る人ぞ知る奇書だから、今となってはおぼえている人もわずかしかいないはず。出版社もよくぞ出版に踏み切ったものだとちょっと驚いている。
 これは読まねばなるまいと思いちょっとリサーチしてたんだけど……、うん、もうちょっと時間を置いてからでよさそうな感じ。半年後くらいとか。
 それよりもステラ・マーカスを押し入れの中から引っ張り出して、もう一度読み直してみよう。70年代オカルトブームの残り香漂う作品。

 それから、また次のお茶会しようと思っています。メールくれたら日取りを決めますんで。
 お題はステラ・マーカスの話とかどうでしょ?w
 他の話題でももちろんOK。
 横浜近郊のドトールで。1〜3時間くらい。飽きたら退席も自由。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 日記

2014年06月30日

お茶会でした

 今日は武蔵小金井から来た女性とお茶会。
 オウムの話からはじまって、占星術やタロットの話でピヨピヨおしゃべり。今日は菊池直子の判決が出る日だったけど私は知らなかった。あの事件が無かったら、きっとニートのよい受け皿になってたような気もしたりする。行き場がなくなったので、ニートがあふれてしまったんじゃないかしら。
 「最近の若い人は、精神世界に関心を持つ人が多い」というような話をされたのだけど、自分らの世代の子供がもう成人している時代だから、それはありそうな話だったりする。あくまで大ざっぱにいえばの話だけど私はオウム世代で、カモメのジョナサンのように超克を求める心理的バイアスがかかっていたとは思う。だからそのチルドレンもそれを受け継いでいても不思議はない。
 そういえば、カモメのジョナサン完結編もつい先日出版されたんだな。判決の時期ともかさなって、これも時代の節目を暗示するサインなのかもしれない。
 浅いとか、ええんかそれでとか、オウム事件のあとはとくに叩かれた作品かもしれないけど、自分の人生なんだから好きに生きればいいんだよ。おさがわせ事件を起こしてしまうかどうかは、また別の問題だもんね。
 だいたいじいちゃんがいて、ばあちゃんがいて、嫁がいて子供がいて孫がいて、なんてサザエさんのようなご家庭モデルはもう崩壊してる。もうめちゃくちゃじゃん。永遠の中二病も、生涯独身も、ニートも、トランス・ジェンダー、鬱も統失もなんでもありなのが21世紀。昔の生き方をしたくても、できない時代になりつつあるように思う。求めてもいないというべきか。昔の型にはめようとテレビで洗脳していても、そのうち古いものは津波にさらわれていくだろう。

 ところでちょっとカルトな占いサークルの話題が出たのだけど、そこの宗家が無名のころのテキストの話も出て、古本屋で入手したそうだけど、よく見つけたなぁとびっくりした。すごい情報収集能力。そういう本をちゃんと保管している古本屋の店主もメキキだなぁ。w
 おもしろかったので三時間以上話し込んでしまった。

 使った喫茶店は私には今日は二黒方位だったのだけど、まめにメモをとったりたくさん本を読んでいたり、とても勉強熱心そうな方だったので、たしかに二黒象意だった。気学ってほんとデジタルによく当たるなぁ。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2014年06月26日

お茶会二回目

一回目は空振りで終わったけど二回目。
6月30日午後1時ごろから、横浜近郊の喫茶店でお茶会します。
現在一名参加表明あり。
1〜3時間くらいかな。飽きたら退席も自由。
タロットや幽体離脱などのことで雑談お茶会。
参加したい人はメールしてけろ。
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 このまえ桜井章一さんの本を読んでたら、「悟らない(ようにする)」という警句が書かれていた。
なんでも悟ってしまうとつまらなくなってしまうという。うん、確かにねー。あらためて考えてみると物事を悟る(あるいはそんな気になる)ことってそんなに難しいことじゃないよね。しかも悟ってしまうとそこで探求は終わってしまう。

 今は九星気学(方位学)にはまっているのだけど、その仕組み、構造を調べていくと、単純だし論理が破綻しているところも見えるのだけど、実際に使ってみると驚くほどよく当たる。とてもおもしろい。
 どうして当たるのだろう、もっと本を調べまくってみよう、データを集めて解析してみようと思っていたのだけど、このあたりでとりあえずやめておくことにした。
 おもしろいと思えるうちが花。はずれた占い結果は忘れる。当たったものだけおぼえておく。そして、おもしろーい、楽しいって感情を大切にする。それをぶちこわすネガティブな本は読まない。外野のヤジは聞かない。信仰は育てるものだからね(笑)。とくにこの領域では片眼をつむってつきあうことが肝心。でないと恨みがましい人になってしまう。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2014年06月19日

お茶会しよう

 んーとね、幽体離脱とかダークミラーとか占いとか、趣味のプログラミングとか、そういうことで雑談してみたいなぁと思っています。できたーとか、できねーとか。占いソフト作ってみたいとか。他の話題でもいいけど。
 複数で集まってもいいし、私と二人きりでもいい。複数のときは三人くらいまでかな。
 お金はいらない。会う場所は横浜近郊の喫茶店、喫煙席で。時間は昼すぎ。夜はだめ。
 よかったらメールしてけろ。
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2013年08月21日

横浜市はなぜ大木を切り倒す?

近所の公園が改修工事で柵がはりめぐらされた。そして園内のケヤキの大木が二〜三本無残に切り倒されていた。樹齢数十年にもなろうかという大木を、なんで安易に切り倒してしまうんだろう。高湿度でただでさえ暑い横浜で憩いを提供してくれる貴重な自然の恵みなのに。
 だいぶ前のことだけど、横浜市の中央図書館近くの公園で、おなじような出来事があって問題になっていた。
 横浜市の街路樹、たとえばサクラ並木なんかも、バッサバッサと切り倒してるのをよく見かける。
「こんな立派な木をなぜ切るのか?」と尋ねると、「樹医が診断してもらって中が腐っているから」というのだけど、切り倒された幹をみると腐ってなどいない。まだまだ元気な、むしろまだまだこれからという大木を切っているんだよね。
 それから横浜市が雇っている造園業者は樹木の剪定もいいかげんで仕事が粗い。不要な枝を切ったのではなく、中途半端に切ってへし折っているわけ。聖蹟桜ヶ丘の街路樹は1本のこらず見事に剪定されていたのを思い出すのだけど、ああいうふうにはできないものか。
 どうせ「一本切り倒したらいくら」というような商売になってるに違いない。木をどんどん切り倒していくと、殺伐とした大阪市のような町並みになってしまうのにさ。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2013年08月19日

原爆

 広島の原爆で亡くなった人は約12万人。長崎は約7万人。東京ドームは5万人の観客を収容できる。目の前で五万人の観客をみるとものすごい人数だ。一瞬でこの倍以上の人々が死んだのだと如実に理解したのは二十代後半だった。そう、街ごと消し飛んだんだよね。一瞬で。役所の戸籍もみんな灰になった。それが分かったとき、自分にはなんの関係もない遠い昔のことなのに泣いた。
 中学のとき修学旅行は広島だったし、原爆資料館もみていたけど、本当には理解していなかった。原爆の破壊力は普通の想像力をはるかに超えているので、ピンと来ないものなのだ。死者12万人と聞いてもそれがどれくらいの規模か直感的に把握できない。
 東日本大震災の死者は約1万6千。阪神大震災は約6千。アメリカ同時多発テロは約2千8百人。いやほんと原爆は桁外れなんだよ。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2013年07月27日

重たい

 ボイドカレンダーのページで月のことで嘘書いてしまっていたのを修正。月の公転周期は約29日ではなく約27.3日でした(一般的には27.5日とされるけど、今後2023年までの公転周期の平均を計算したら27.3日だった)。公転周期の変動幅は約3日ではなく約6時間。
 前からなんか頭にひっかかっていたものの、まあいいかと放置してたけど、やっぱり気になって重い腰を上げて再計算してみたら、やっぱりまちがってた。ごめんなさい。記憶だけで書くと、数字というのはろくなことがないです。

 次の本を書きたい。アマテルをバージョンアップしたい。ホムペも更新したい。でも今年はとにかく落ち着かない。面倒な問題が立ちはだかっている。これが中年の危機ってやつなのか。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2013年02月01日

近況

 私は去年の暮れから次の本の原稿を書いていました。もうそろそろそれも終わりで最後の調整に入っています。
 二冊目がこんなに大変だとは思ってなくて、前著を出してから一年後には出せるだろうと思っていたのになんのなんの。ずるずる引き延ばしてはや三年です。
 私はパート2というのが昔から苦手で一発野郎だったりします。ゲーム作ってたときもね、一作目はだいたいヒットする。ヒットしたからパート2を作れと上から言われるわけですよ。しばらくすると煮詰まってなかったことにするという毎度のパターンだったのだけど、なんとかそのパターンを崩してみたくてすったもんだしてたのです。処女作へのこだわりみたいなものがあってそれが邪魔してるんです。「どーでもいいや」くらいにまで脱力しないと二作目は作れないようです。脱力するまで三年以上かかってしまったわけ。幽体離脱よりはるかに難しい。

 それから講座は、今年は人数が少なめで今のところ七人だとか。でも私からするとそれくらいがちょうどよかったりします。十人こえるともう大変。一斉に体脱の練習はじめると、ものすごい眠気がこっちにも伝染して意識が遠のくのです。毎回6〜7人がいいなぁと思いつつも、やっぱりたくさん集まってくれたほうがいいなというのもあってジレンマ。そんなわけであと二人くらいどうでしょ?
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2013年01月21日

講座やります

2月3日(日)に幽体離脱ワークショップをします。
http://www.naturalspirit.co.jp/workshop/osawa-yoshitaka/osawa-yoshitaka2013.2.html
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年12月10日

てんびんの詩

某大企業(影から世界を操るイルミナティのような組織というとその実体をより正確に言い表しているが、世間ではもちろん大変立派な会社として認知されている)を最近リストラされてしまったある人から
「就活中でいくつか候補があるんだけど、どこがよいか占ってよ」と電話。
家のローンもあるしハイグレードな生活しているから大変みたいだ。
「『てんびんの詩』って映画みたほうがいいよ」と私。
「これからどうなるのかなぁ俺」
「ああ、うーん、そうねぇ、占いってなにがしか回答は出る仕組みだしね……」
「ああなんでもいいから占ってくれー」
「わかったよ。カード引いてあげる」
ピヨピヨピヨピヨピヨと30分ほどツィート。
「さんきゅー」
交信終わり。
彼は紹介した映画みてくれるかな。
彼が救われる唯一の方法だと思うんだけど一度しか言わなかった。
これで二度目か。
夜が来たんだから映画でもみてのんびりしなよ。
このブログほんとに更新頻度が極端に遅いから見てないかもしれない。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年08月05日

言うに言えんわ

 母は無事に退院した。4ヶ月も入院していた。途中でアクシデントがあったけど、総じていえば母は最善の治療を受けたとは思う。その後の回復は順調。
 がん治療の実際とか、医療現場の問題点とか、老人医療保険の問題点とか、老人介護の実際とか、そういうのを間近でみることになったわけだけど……、もうね、ほんとに言うに言えない。言うに言えないというのが率直な感想。
 悪い点を見つけるのは簡単だけど、しょうがなくそのようにできているからだ。
 今の医学の限界や、それ以上に人間存在としての限界があって、無い物ねだりをしてもしょうがないことばかりなの。だから一見悪くみえてもそんなに悪くない。でもよいとも思えない。ぐるぐるまわって言うに言えない。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年06月19日

自作自演感がはんぱじゃない

 最近の政治ニュースをみてると、自作自演というか、筋書きのあるドラマを見せられている感じがひどすぎる。民意には関係なく、一部の支配者層の思惑だけで物事が決定され進行していく感じ。もともと気色悪い界隈だけど、最近の気色悪さは際だっている。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年04月28日

なにわの湯

 母の見舞いに行くときは地下鉄を使う。途中の天神橋筋六丁目の車内アナウンスで「なにわの湯」というスーパー銭湯のCMが流れる。行ってみた。
 この銭湯は斎場と葬儀場のすぐ隣にある。さらにその近くに病院もある。生まれたり死んだりする場所としての病院。死んだら葬儀場と斎場。
 これらと銭湯は一見無関係にみえるかもしれないけど、私には関連してるように見える。生まれてきたら産湯をつかう。葬式の前にはゆかんする。
 三途の川は忘却の川で娑婆の垢落としをする場所。生まれてくるときははだかだけど、お風呂もはだかで入るもの。
 お風呂というのは誕生と死にまつわる場所と比較的近しい場所なのだ。病院とやり方は違うけど癒やしの場所である。葬儀場というのも癒やしの場所。斎場もある意味、癒やしじゃなかろうか。きれいさっぱり塵芥に還元してくれるという意味で。
 あーそうか。「癒やし」ってのは苦を忘れさせてくれるってことなんだな。疲れや苦痛や嫌な記憶を忘れさせてくれるところが癒やしの場所。

 えーと、銭湯そのものの評価は、普通のスーパー銭湯。掃除は行き届いていて衛生的。天然温泉と銘打っているけど、これに過度な期待をする人はいないだろう。駅から少し離れていて、駅前にめだつ案内が出てないので、はじめてだと場所がわかりにくいかも。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年04月26日

また大阪だよ

 母の治療状況に動きがあったので再び大阪に来た。
 前回、医療ミスがあったことを書いたけど、医師たちは自分らの手にあまると判断したようで、もっと大きな病院に母を転院させる決定をした(今のところでも充分大きい病院だけど)。転院先の病院は巨大な国立総合病院で、私は今までこれほどの規模のものは見たことがない。ありとあらゆる診療科目がそろっている。どんな病気もここで治らないなら、あきらめるしかないって感じ。
 「今の病院は母に怪我をさせ苦痛を与え時間を浪費しただけで、肝心の治療はできずによそに丸投げかよ」って思ったりもしたけど、母は二つの病をかかえていて(そのうちの一つは今の病院のミスで発症したように見えてしまうのだが)、どちらの病気もフォローできる総合病院でないと安全な治療ができないというのも現実で、そっちに丸投げする判断はそれはそれで正しいとも思うのだった。意地やプライドで無理して手術を強行なんてあってはならないわけで。

 今回すぐに横浜に帰るつもりだったのだが、またしばらく帰れそうにない。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年04月12日

横浜に戻った

 母の手術は前処置でミスがあり延期になった。それが引き金になったのか、そのときさらに別の病気が発覚して、それを先に治さないと手術できないらしい。よその病院に転院してまた戻ってきたり、ちょっとややこしいことになっている。ミスのあと病院はいたれりつくせりで、母を手厚く看病してくれている。きっと医師たちは名誉にかけてかならず治してくれるだろう。

 延期された手術の日取りはまだだいぶ先なので私は横浜に帰ってきた。バスの乗客は数人ほどしかいなくて、車内はひろびろしていた。さらに道路もすいていて天候も良好。到着予定時刻より30分もはやく到着。楽しいバス旅だった。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年04月02日

神戸を観光

 神戸の異人館街をぶらぶら散歩。大阪から阪急電鉄でいくと安くて速い。横浜にも異人館はたくさんあるから、まあにたようなものだと思っていたんだけど、そのとおりだった。なにもめあたらしいものはなかった。
 飲食店街はバラエティに富んでいるが、値段は観光地料金に設定されていて、その点、横浜とまったく同じ。観光地料金の店に地元民ははいりたがらないものだと思う。私は神戸の地元民じゃないけど、境遇はにたようなもだから、サイフのひもはまったくゆるまず。
 食べ物に関しては、京都のほうが歴史もあるし、商売としてのツボをしっかり押さえているような気がする。

 うーん、神戸はわるくもないしよくもなく普通だな。横浜から神戸に旅行する意義はあんまり感じない。逆もまたしかりかも。横浜のほうがもうちょっと豪華かな。
 まあなんにせよ横浜も神戸も、人工的な観光地。都市全体を遊園地化する試みというか。強力な観光資源がないから人工的にこさえる。明るくかざりたてる。まちがっちゃいない。ほかに道はないんだから。

 神戸はまだ一部を散歩しただけにすぎないので、ほかの地区もまたいつか見てみようと思う。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2012年03月30日

また大阪

 29日からまた大阪にいる。10日間くらいは帰れそうにない。
投稿者: 大澤義孝  | 日記