2015年12月22日

シュタインズ・ゲートと幽体離脱

 アクティブになれないままもう年末。お茶会も開かないままほったらかしてしまった。またそのうち……。
 しばらくロト6の過去データを解析に熱中していたのだけど、そのきっかけはシュタインズ・ゲートというアニメ(最初はプレステのゲーム)だったのよ。劇中で過去にeメールを送れる電話レンジという装置があって、それを使ってロト6の当選番号を過去の自分に伝えるという描写を見て、未来予測への挑戦というか、統計学や確率論の学習もかねて、ロト6を題材に思索を始めたのだった。
 シュタゲは再放送だったけど私はまだ観たことがなくて、何度か見てるうちにはまってしまった。昔の秋葉原が舞台で、今はもう消えてしまった店や景色が広がってノスタルジックな気分になったり。お話が以前ネットで注目を集めたジョン・タイターのネタにひっかけてあったりして面白かった。
 今から思うと、ジョン・タイターがネットに出現して、大きな注目を集めたのは、彼はそれまでにはなかった「世界線」という概念を携えて来たからだな。匿名ネットで未来から来たことを自称することはたやすいし、予言がまぐれ当りすることもよくある話。そんなのは昔からよくいる予言者とかわらない。ジョン・タイターはタイムトラベルにおける、時間と世界認識に対する新しい考え方を提示したところに真価があったんだと思う。世界線の考え方が科学かどうかは問題ではない。SFの方便としての「ワープ」も発明の一種と考えられるが、世界線もそれと同じこと。

 シュタゲの物語が進むにつれて電話レンジはさらに改造されて、意識を過去に送れるようになる。つまり今の自分の意識と記憶が、過去の自分の脳に転送できる。それが意味することは、つまり自分が過去に戻れるということ。非物質的な意識と記憶の転送だから、タイムトラベルの話につきものの親殺しや自分殺しのパラドックスは起きない。主人公の岡部倫太郎は、何度も何度も世界線を横断しながら過去に戻っては人生をやり直す。
 過去の自分の体に戻ったといっても、世界線が変わっているから、前とまったく同じ人生が展開するわけでもないが、大筋では決まっていてどうしても岡部が愛する人は死んでしまったりする。過去に戻ったとき、それまで続いていた世界はどうなってしまうのかとか謎は尽きないんだけど、自分の意識と記憶だけが、次々と異なる時間軸と状況下にある自分の体に乗り移っていく体験を岡部は繰り返す。通常は世界線をこえたとき、記憶が継続しないのだけど、岡部は特異体質で継続し、渡り歩いた他の世界線の記憶をすべて保持している。
 こういうリアリティって、幽体離脱そっくりだ。体脱してまったく別の世界にほりこまれる。そしてしばらくその世界で活動したあと、また別の世界に移動したり。五感すべてが一気に別チャンネルに切り替わるのは、実はかなり面倒なもので、それまで自分が考えていたとを忘れてしまいやすい。しかし注意深くしていれば、記憶は継続される。
 岡部の視点から見た電話レンジによるタイムトラベルは、夢にとてもよく似た経験ともいえる。意識と記憶を過去の自分の体に送るというのは幽体離脱体験と主観的にほとんど同じ。幽体離脱も意識と記憶を肉体そっくりのアストラルエーテル体に送っていると考えればいい。送られた先の世界が、過去だろうと未来だろうと、見知らぬ場所だろうと、それが本人にとってはほかならぬ今だし、その世界が現実同様のリアリティをもってるなら現実とは区別はつかないしそれが現実なのだ。ただし幽体離脱は元の世界線に戻ってくるけどね。多分……そう……多分。
 幽体離脱したあと知らぬうちに別の世界線に飛び移っていて、もどった先は別の世界線上にある自分の体ということもありそうな話しだったりする。しかも記憶を保持することに失敗し、移った先の世界線での記憶に書き換えられてしまったら、もはや確認することは不可能だ。
 電話レンジはただのおはなしだけど、幽体離脱は現実に自分の身に起きる体験であり現象。誰しも人生に十回くらいは経験してみて欲しいものだ。幽体離脱を経験すると、シュタゲを見る視点も変わってくるのではあるまいか。

 アニメの中ではおなじみのタイムトラベル。その起源はH.G.ウエルズの小説「タイムマシン」だけど、今のは相対性理論や量子論から導かれた世界解釈が元ネタになっているようだ。相対論も量子論も、昔勉強したきりでだいぶ忘れているので、あらためて本を読み直した。タイムトラベルの可能性の根拠について書かれた本も物色。
 現代の物理学でもタイムマシンは研究されている。ブラックホールになる一歩手前の中性子星を二つ用意してワームホールを作るとか、光速で何年も飛び続け戻ってくるとか、銀河系一つ分のエネルギーが必要とか、とにもかくにも巨大なエネルギーが必要らしい。一万年後も実現はされていないだろう。
 タイムマシンが研究されている本当の理由は、タイムマシンを実現するためではなく、それが実現できないことを証明するためだという。親殺しのパラドックスを例に出されれば、誰もがやっぱりなんかおかしいと感じてしまう。「難しい数式のことはわかんねぇけどさ、そんなのありえねぇよ」と誰もが明証で答える。
 しかしアインシュタインの方程式通りならタイムトラベルが可能という答えに行き着く。いやいやそんなわけあるまいというわけで研究されているんだって。
投稿者: 大澤義孝  | アニメや映画

2015年10月17日

アマテル掲示板が復旧しました

 これまで何度か指摘はあったのですが、どうにもこうにもめんどーくさくて放置してしまっていたのですが、やっとこさアマテルの掲示板が復旧しました。ここ二三日のあいだに、「アマテルが動かんインストールできん」と三人ばかりからメールが届いてしまったんですが、なぜにこの時期に立て続けなのかはわからんです。それで重たい腰をあげて掲示板を復旧させたのだけど、作業は10分もかからず終わった。
 いったんそのテーマから引き上げてしまうと、記憶がばぁーと頭から抜けていってしまうのよね。ちょっとさわれば記憶も取り戻すんだけど、忘れた状態から再度思いだそうとする行為はみょうに不快で嫌気がさすものだったりする。で、ずるずると放置してしまう。いかんすね。
投稿者: 大澤義孝  | 占星術ソフト・アマテル

2015年09月30日

玄米ご飯ウマー!

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 ひさしぶりに玄米ご飯を炊いた。かれこれ十年ぶりくらいかもしれない。腰もなおってヨガを再開したら食べたくなった。奮発して魚沼産コシヒカリの玄米にしたんだけど、うまいことうまいこと。ごま塩と漬け物がすこしあればもうおかずがいらない。こんなにうまかったかというくらいうまかった。米もよかったんだろうけど。これにくさやの干物がついたら涙がでるくらいうまいにちがいない。
 玄米は生きていて発芽する能力を保っている。生きてる米を炊くので白米とは鮮度が違うのよね。炊きあがった玄米ご飯には、まだ米のエッセンスが残っているんだな。米の魂が残っている。ひさしぶりに食べると、体にしみこむような滋養があるのがわかる。(毎日食べてると当たり前になっちゃうけどさ)。
 玄米食を続けるといいことがいくつかある。(白米から玄米ご飯に替えるだけでおかずは今まで通り)。食物繊維が多くて腹の調子がとてもよくなる。白米より腹持ちがいい。無駄な脂肪が少し落ちてダイエットになる。疲れにくくなる。
 私が玄米を炊くときは、いつもフィスラーの圧力鍋とカムカム鍋のセットでガス火で一時間くらい。たくさん炊いても少量炊いても、いつも安定して失敗なく、やわらかくモチモチふっくら香り高く炊きあがる。玄米は炊き方によっておいしさに大きな差がでるので道具選びが大切。
 玄米ご飯の唯一の難点は、冷めると美味しくないこと。こんなまずいものがあるかってくらいまずいのよね。
毎食ごとに食べるぶんだけガス火で炊飯。毎日つづけるのは私には面倒すぎる。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 食べもの

2015年09月26日

終末警報が届いた

 昔の研究会のメンバーから終末警報がとどいた。
 「来週の月曜28日以降東京・名古屋・大阪・青森・宮城の5ヵ所で同時に、早朝に直下型の強い地震が発生する可能性が高い」んだって。10月中まで警戒期間らしい。十数メートルの津波がきて、地下鉄も水没し、多くの建物が倒壊するらしい。そして火山が次々と噴火する。その後も震災は日本だけにはとどまらず、世界中で天変地異が起きるんだって。
 こわいなー(笑)。万が一にそなえて、パソコンのバックアップを外付けのHDDに保管した。とりあえずしたことはそれだけ。
 最近、ロト6の攻略法を研究している。過去の抽選結果データがすべて公開されているので、それをPerlで解析してみようというわけ。様々な角度からデータの傾向をつかむため、数十行程度の短いプログラムを何十本も書く。短いプログラムを書くのは楽しい。(プログラミングを習得したい人はこういうところから手をつけるといいと思うよ。)
 しかしロト6で将来出現する番号を数学的に予測できるかというと、最初から答えははっきりしていて「できない」。私は頭の体操や禅の公案のつもりで取り組んでいるだけ。無理を承知で、ありとあらゆる無理な理屈を考えるゲーム。そのうち頭パッカーンもあるかもしれない。
 「予測」というのは多少なりとも仕組みや法則がわかっているからできることであって、くじというのはあえてそれができない方法を使って行われる。頭のよい者や知識のある者や力が強い者が勝つのではなく、誰もがただただ運にすがるしかない公平なシステムだ。(タイムマシンでも発明できるなら別だけど)。
 しかし過去データを分析していくと、やっぱり偏りはあるし多少は勝率を上げる戦略がありそうな気がしてくるのね。過去データが千回分ある。じゃあ900回目まで分析して、その先を予想する戦略を立て、それで予想する。そして900回以降のデータと突き合わせ、どれくらいヒットするか見る。シナリオ通りなら、同じ理屈が未来にも通用する可能性は高い。
 ところでロトくじは乱数で数字を選んでも千回買えば末等なら二十五回くらいは当たる。2.5パーセントの勝率。これは確率計算通りだし、Perlでシミュレーションしても同じ結果になる。
 では戦略で買った場合はどうなるかというと、へたな戦略だと2.5%以下になってしまう。ましな戦略なら、4%から1.5%くらいと変動し、平均すると2.5%に落ち着いてしまったりする。さすがに数学の女神はラスボス級。そう簡単に抜け道を見つけることはできない。
 ロト6の過去データは分析すればするほどよくできた乱数に思えてくる。コンピュータが作り出す疑似乱数とは違う。インチキはなく厳正な抽選が行われているのだろう。とはいえそう簡単には諦めるつもりはない。過去データを分析しながら考えていると、いろいろな戦略が浮かんできてそれが楽しい。
 ところで何度も何度も予言してりゃ、地震もいつかは当たるだろうけど、乱数で予想したり、加持祈祷で予想したり、科学で予想したり、どれがヒット率が高いんだろうね。地震予想に関しては、どれも大差がないのが現状だったりする。
投稿者: 大澤義孝  | オカルト

2015年09月19日

オスプレイに乗った?

オスプレイ.jpg
 横浜から牛浜までJRで一時間半。横田基地日米友好祭でオスプレイを見学。ミリオタってわけじゃないんだけど、前々からどんな機体か興味があったので念願叶った。他にも戦闘機、輸送機、装甲車、PAC3ミサイルなど色々とめずらしいものを見ることができた。そばで見るどの乗り物も(というか兵器というか)、大きいけど精密かつ堅牢にできていて美しい。まぁ命がけの任務だからこれくらいでないと心許ないわな。
 基地内の広いこと広いこと人の多いこと多いこと。入場者数は知らないけど、二十〜三十万人くらいはいたのではなかろうか。きっとここにいる人々は、安保法案についてはみんな賛成なんだろうな……などと思ったりした。まあでもさ隣人である、ロシア君、中国君、韓国君、アメリカ君、だれと信頼関係を結びたいですかと問われたら、私ならまちがいなくアメリカ君だな。だって他の国は、みんな約束が通じないじゃない。約束してもすぐに反故にされて知らぬ存ぜぬといわれる。約束が通用するのってアメリカくらいだよ。約束を守らないやつとのおつきあいはなるべくしたくないじゃん。国に限らずさ。
 お祭りだからロックコンサートや盆踊りもやってた。出店がたくさんあってアメリケンな食べものも多数。典型的なアメリカ飯ばかり狙って食べてみたけど、うん、健康には悪そうだけどけっこうおいしいよ。明日もやってるよ。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2015年08月22日

Windows10

 Win7からWin10にバージョンアップ。そうしなければいけない理由もないんだけど、今のうちなら無料ということなのでやってみた。こういう場合、かならずなにか面倒な問題も発生するのが常なので、すでにそういう例がないか事前にググッて調べたのだった。それでおおむね問題なさそうと判断してアップデートしたんだけど、Win10の軽量Webブラウザ「Edge」ででATOKが使えなかった。つまり検索エンジンで漢字入力ができないし、掲示板に投稿したくても日本語が書けない。(標準装備のMS-IMEは使える)。
 「どういうこっちゃねん!」と再びググッてみると、最新版のATOK2015ならこの問題は解決していることがわかった。Win10導入以前に、あれやこれやと調べたのにこの問題は検出できなかった。つまりほんとに知らないことを事前に調べようとしても、効果的な調べ方ができないのでほとんど徒労なんだな。
 結局Win10は無料だったけど、ATOK2015でお金がかかってしまった。でもATOKを使うとMS-IMEには戻れないよね。
投稿者: 大澤義孝  | コンピュータ

2015年08月21日

ツクツクホウシ

ツクツクホウシの鳴き声を今年はじめて聴いた。
ホシホウジャクも飛んでる。
夏もそろそろ終わり。
投稿者: 大澤義孝  | 日記

2015年08月18日

水が変わった日

 「太秦ライムライト」という映画をみた。時代劇の斬られ役一筋で何十年もやってきた役者の物語。時代の流れにつれ時代劇が落ち目になっていき仕事は激減。たまに作られる時代劇も時代考証無視のアニメのようなお話に変質していく。自分が磨いてきた立ち回りの技も、CGにとってかわられてしまう。ちょっと哀しいお話。
 こういう時代劇の変質がいつごろからおきたのか、明確な線引きは難しいのだけど、だいたい90年代のはじめくらいからだろうか。もっと前からだという人もいる。

 ところで、それまであったものが、あるときから変質してしまうということは、時代劇に限ったことではない。
 毎年この時期になると必ず放送される戦争をふり返る映画やドラマね。最近作られたものはなんかみょうに空々しくウソっぷい。時代劇と同様、変質してしまった感がある。戦争当時の雰囲気、社会の前提条件や常識といった世界観が、もはや今のそれとは大きく異なっていて、いくら史実をもとに再現ドラマを作っても、今の作り手の心の中に昔の世界観が不在なので、空々しいものになってしまうのだろう。
 また昔に作られた戦争のドラマや映画を、今の若い人々が見ても受け取り方は昔とは違ってしまっているだろう。「宗教なんて信じるやつはアホ」なんていってる今の若い人々が、天皇教に夢中になってた昔の日本人の行動原理を理解することはかなり難しいだろう。

 戦争を今風に解釈しなおした再現ドラマが作られ、当時のことを知らない観客がそれを見て当時を知ったようなつもりになる。とはいえ昔の時代劇だって、ほんとに戦国時代や江戸時代の様子を正確に再現することなどできるはずもなく、戦後の新しい世界観で解釈されたものを見せられていたにすぎない。
 戦争ドラマも時代劇もファンタジーとほとんど変わらないのに、CGを駆使してリアルに当時の町並みや戦いの様子を見せられたり、史実や証言を元にしているなどと言われると、半分くらい実話みたいなものだと信じてしまい、始末の悪いオカルトみたいな様相を呈し始め、耐性の無い人々は簡単に洗脳されてしまう。

 人々が歴史を振り返るとき、その見ている時代ごとに世界観が異なっていることに注意が必要だ。世界観の違いを色眼鏡と考えてみよう。ときどき色眼鏡は新しい色にかわる。これは季節の移ろいのように、少しずつ変化していくものだが、夏が決して春でもなければ秋でもなく、決定的に違うものとして認識されるものでもあるように、色眼鏡の色もあるとき別の色に交換されるときがくる。新しい色眼鏡で過去の歴史をのぞいたとき、古い色眼鏡でのぞいたときとはまた異なる歴史認識が生じる。

 ところで「スーフィの物語」という本に、「水が変わった日」というお話がある。ある男が聖者から水が変質してしまう日が間近に迫っていることを教えられる。男はその日に備えて水を備蓄する。そして水が変わる日がやって来た。男は蓄えた水を飲み、変質した水を飲まずにすごした。町の人々は変質した井戸や川の水を知らずに飲んでしまう。
 水が変わりどういう変化が起きたかというと、男と町の人々はまったく理解しあえなくなった。男からみれば町の人々は既知外に見えた。町の人々からは男が既知外に見えた。同じ言葉を使えども、考え方やものの見方が変質してしまい、相互理解が不可能になってしまったのだ。

 この物語がなにを意味しているのか、それは読者の想像と解釈にお任せなんだけど、歴史を見る人々の世界観が時とともに変わってしまい、その結果、歴史認識も変わってしまう、ということの寓意のように私には思える。変わってしまった水とは歴史認識や再現ドラマ。ウケがいいようにリメイクされつづける戦争のおはなし。そしてやがて変質してしまう。
 変わる前の水を備蓄した男は、古い記憶を保持し後世に伝えようとする高齢者たち。

 「歴史を忘れてはならない」と言う。それはその通りだし、記録された歴史が書きかわることもそう多くはないだろう。しかしそれをどう理解するかは時とともに変化する。たとえば「過去の過ちに学び戦争は永久に放棄しよう」と長年いいつづけてきても、水がかわれば別のことをいいはじめたりする。

 ところで、キチガイ水を飲まずにやり過ごした男はその後どうなったかというと、最後はあきらめて町の人々と同じ水を飲み、同じ輪の中に帰っていったのだった。水という誰もが依存しているものが変質するとき、それにあらがうことなどできないということらしい。

 時代の変化は人々の世界観の変化でもある。世界観が変化し共通認識という土台が溶けていくと、過去の誓いもあてにはならなくなる。これが人類が戦争をやめられない理由ではなかろうか。未来の子孫のために、津波が来ることを警告する石碑を残したのに、徒労に終わったのもそういうことだ。もっと時がたてば、原爆も繰り返されてしまうのかもしれない。
投稿者: 大澤義孝  | オカルト

2015年08月08日

激辛料理は思考を止める

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 ブログっていうのは一度更新をさぼると、そのまま長いこと放置してしまう。「わざわざ書くほどのことでもないなぁ」とためらうのは禁物で、思いついたネタは即座に反映していくのがいいようだ。
 昨日は、大桟橋の出し物で連れの知りあいが唄を歌うというので見に行ったのだけど、いろいろあって結局見そびれてしまった。とびきり蒸し暑い日の無駄足にイライラ。このまま帰るのもばからしいので、中華街で食事することにした。
 四川料理の店「杜記」に入った。「牛もつの五目煮込み」を食べた。牛すじ、ハチノス、白身魚、スパムミートなどが、豆板醤が大量に入ってそうなピリ辛スープで煮込んである。底にはモヤシやキュウリなど野菜も入っている。写真を見ての通りぶつ切りのトウガラシが大量に入っていて冗談抜きでヤバイ辛さ。
 最初の二口くらいまではおいしかったが、あとはなんかよくわからない。頭の中は辛い/うまい/辛い/うまいの無限ループで、ほかのことはなにも考えられなくなった。食べ終わったあと、「酒に酔ったような気がする、あの料理に酒が入っていたのかな?」と連れに言ったら「あんたビール飲んでたじゃない」と言われた。ビールを飲んでいたことを忘れていて、辛さを消す水を飲んでるつもりになっていた。大桟橋での空振りのこともきれいに忘れていた。
 頭を殴られるくらいの激辛料理は思考を止めてしまう効能があるみたいだ。嫌なことも食ってると忘れてしまう。ストレス解消になる。
投稿者: 大澤義孝  | 食べもの

2015年07月21日

ウニクムという薬酒

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 ハンガリーに先祖捜しの旅をした方からいただいたおみやげで「ウニクム」というお酒。1790年、皇帝ヨーゼフ二世の健康のために献上された薬酒で40種類以上のハーブがブレンドされている。ヨーゼフ二世はマリーアントワネットの兄。ヨーゼフ二世は一口飲んで「ユニークだ」といったそうで、それがこの酒の名前の由来だという。
 このウニクムはオリジナルのものではなく、プラムが追加されているUNICUM SZILVAで、日本ではめずらしい品。緑色のボトルにはオークの樽とプラムが描かれている。
 いただいたその場で封を切り(喫茶店だったけどはばかりもなくw)、グラスにちろりとついでカンパイした。
 濃い茶褐色の液体で、薬草とカラメルの苦味が効いていて、加えてかなり甘い味で、養命酒や周公百歳酒にも通じる薬酒の香りだけど、漢方薬酒のそれとは少しちがってフルーティな香りとハーブの香りがミックスされた感じ。しかしたくさんの薬草をブレンドした薬酒は、東西を問わず、ある種、似たような味と香りになっていく傾向があるようだ。やっぱり似ている。
 そのまま飲んでもおいしいけど、苦甘く香り強く濃厚な味なので、バニラアイスにかけて食べるとよさそうだ。
 それからもう一つ、商品として売られているお酒はやっぱりおいしいです。さすがにホームメイドの酒とは一線を画するものがある。
投稿者: 大澤義孝  | コメント(0)  | 健康酒